ほしぞら1/2

ぽつぽつ書いている二次創作小説たち。ジャンルごった煮。Twitter@bbb_kzs

【翔藍】きみがいるから

無意識に救われてるんだよね、って話。

ねしさんお誕生日おめでとう!

2016.06.20.

 

「すみませんでした次は絶対にOKだしますので

「……次の人いきます。来栖くん、頭冷やしてきて。今日はもういいわ。」

勢い良く頭を下げた自分の足元に落ちた影が薄くなったことに、来栖翔は思わず唇を噛み締めた。新しいシーンを、と腰を上げた頃にはもう既に新しい打ち合わせが始まっている。失礼します、とスタジオにもう一度一礼し、心配そうな視線を寄越す馴染みのスタッフにもひとつ会釈を落とした。

自分が引き起こしたほんの些細なミス。監督の言っていることを理解しようと噛み砕こうと話を重ねれば重ねるほど予定の時間は押していくばかり。諦めたようにストップの声をかけられたのがほんの数分前。学生時代とは違いひとりで受ける仕事も増えた。この世界が甘くないことは重々承知していたけれど、いざ自分が置いていかれる側になるとなかなかに堪えるものはある。

「……まだまだ俺も甘いのか。」

STRISHとしての活動も増えているが、メンバー皆それぞれが個人としての活動も着実に増やしている。特に学生時代クラスメイトであった一ノ瀬トキヤと神宮寺レンのメディア露出の多さは目に見えて増えた。元々芸能界での生活は長いトキヤだが、一ノ瀬トキヤとしてその歌唱力が認められドラマとのタイアップと共に俳優業をこなすようになったという。人当たりの良く話の上手いレンはモデルの仕事の他にもラジオやイベント出演などの仕事もしていると聞く。比べるものではないし、それが彼らが積み重ねてきた努力の結果だということは理解しているつもりでも、ついつい自分自身が小さく感じてしまう。

元々自分は器用な質でもなく、そう上手くいくものでもないのか、と思わず翔は自嘲を浮かべた。無意識に握りしめていた拳が痛い。


*


「……ただいま。」

薄暗い部屋に独り言のように呟いたことばは宙に消えていくな、と思っていた。今日も今日とてなにも変わらない、少しばかりタイミングの悪かった一日だ。

「ああ、おかえりショウ。」

「…………あ、藍

「なにその幽霊でも見たみたいな顔。…ほら、おかえり。」

「え、あ、おう。……ただいま。」

消えかかったことばに返事が返ってくるだなんて、想定外の出来事に玄関でぽかんと口を開けば、呆れたようにさらに言葉を重ねられる。慌てて携帯端末を起動させれば、明日がオフだからと短く来訪を告げるメッセージが入っていた。スタジオを出てからぼんやりと帰る最中、全く気づかなかったらしい。それでも、さも当たり前かのように合鍵を使って家にいる藍に思わず翔はほっと胸を撫で下ろした。鍵を渡した当初は持っているものの、家主はショウだと頑なに翔が帰るのを扉の前で待つことも少なくなかった。変なところ律儀だな、と今となっては笑い話のような話だ。

「……ああ、気づいてなかった。わりぃな。」

「別に今日ショウが遅いことは1週間前から聞いていたことだから。むしろボクの予定では、ショウの帰宅はあと2時間15分後だったけどね。」

「あー、俺もその予定だったんだけどな。」

「……ん、お疲れ様。」

思わず苦笑を浮かべた翔に大方帰宅が早まった理由を理解したのだろう、年下とはいえ先輩である。藍はひとつ肩を竦めただけだった。その仕草が翔と藍と同じ事務所、藍に至っては同じグループでもある寿嶺二にそっくりだといえばきっと藍は眦を釣り上げるだろうか。翔はそっと心の中で思うだけに留める。思わず頬が緩んでしまったのだけは許してほしい。

「シチュー作ったけど。予定の通りに作ってるから、出来上がりまでまだあと30分はかかるよ。」

「…おお、ありがとな。手伝う。」

「………とりあえずお風呂はいってきて。そんな状態で手元狂わされても困るから。」

はあ、とわざとらしく落とされた溜息に、何か変なことでも言っただろうかと翔は動きを止めた。それでもその顰められた眉に宿るのは心配、だと自惚れても良いだろうか。むすりと不機嫌そうに引き結ばれた口元も、微かにゆるんだ目元も。素直になれない彼なりの愛情。

「……あーい。」

「なに。」

「んーいや、ありがとな。……一緒に入るか

一瞬の間の後、バッカじゃないのと鋭い言葉と共に藍はくるりと向きを変え部屋の中へと戻っていく。それでも翔にとっては、その赤く染まったその首筋がなによりも愛おしい。

今日は久しぶりに湯船に入ってゆっくりするのも、良いかもしれない。明日はきっと、大丈夫だ。

【伊達主】君在る季節

梅雨もいいよね、って話。

誕生日のみねさんに捧げます。

おめでとう!今年もいっぱい遊んでね(笑)

2016.02.12.

 

「いらっしゃいませ……って、あら京也さんいらっしゃい。」

「お疲れちゃん。…降ってきたな。」

カランカランと来客を知らせるベルが響く店内は、ランチ時が終わったばかりだからか人もまばら。食後のコーヒーを楽しんでいる人たちが数人いるだけだ。平日というだけでなく、ぐずついた天気に外出したがらない人が多いからだろうか。京也が事務所を出た時はどんよりとしていただけの曇り空も、店に着く前にぱらぱらと雫を落とし始めた。

「タイミングよかったかな

「あはは、そうね、ちょうど落ち着いたところ。…お好きな席にどうぞ

「ああ。」


いつも通りの席に着けば、静かな店内とは対照的な窓の外の雨音が聞こえる。いつの間にか小雨だった雨も、しっかりと降り始めたらしい。

ニュースで梅雨入りを宣言してから一週間ほど。そろそろかと心構えをしていたつもりだったが、やはり雨つづきは気持ちがあがらない。仕事は落ち着いているが、その分鬱憤を晴らすようにレッスンで野獣ふたりが競い合うのを宥めるのもリーダーである京也の仕事だ。無意識にため息をついてしまうのも仕方のないことだろう。

「晴れてくれれば良いものを。」

「梅雨入りしちゃったもんね。…はい、特製ハンバーガーです。」

「聞かれてたか。」

手渡された彼女のものであろうピンク色のタオルを受け取りながら思わず苦笑を零せば、ごめんね、と彼女が軽く肩を竦めた。

「晴れてくれればあいつらも仕事が増えるからなあ。」

「…ケントさんとトオルさん

「ああ……。」

元々の仕事が少ないだけでなく、雨で中止になる仕事もある。その度に目に見えて気落ちしているケントとトオルを見ると、仕方のないことだと割り切っている自分も気分が晴れないのだ。はあ、ともう何度目かわからないため息が漏れる。

「雨続きだとね。…でも、私梅雨も好きよ

「……へえ、あんまり梅雨好きな人って聞いたことないかもな。」

常にどんよりと曇っているか雨が降るような毎日。気分が晴れないだけのマイナスイメージしか、梅雨への印象はない。

「まぁ雨ばかりだと暗いような印象はあるけど。でも紫陽花が綺麗だったよ。お店の隣にも咲いてるけど、この間常連さんが持ってきてくれたの。」

にっこりと笑った彼女が差す先には、鮮やかに咲く水色の花。ふと周りを見渡せば、入口だけではなく大きなテーブルやカウンター、水色だけではなく白や薄紫といった色とりどりの紫陽花が飾られている。

「あー、たしかに最近咲いてるのはよく見かけるかもしれないな。」

梅雨という季節を色濃く感じさせる花たちは、彼女にとってみると愛でるべき存在らしい。そういえば事務所の近くでも咲いていただろうか。特に気にもとめていなかった道に咲く花たちを思い出した。

「紫陽花はお店が華やかになるから、お客さんにも好評でね。…あ、あとは雨の日だとお客さんは少ないんだけど。その分京也さんとゆっくりお話しできるでしょ。」

ころころと無邪気に笑ったかと思えば、急に悪戯っ子のようにニッと口角を上げた姿に京也は一瞬ぱちりとまばたきを落とした。たしかに普段であれば開店してる間に彼女と京也が言葉を交わせるのはほんのわずかな時間だけ。ゆっくりと会話することすらままならないぐらいには繁盛している。

「……ふはっ。敵わないな。」

「そう思えば、梅雨も楽しいかもよ。あ、もちろんお店が忙しいのはありがたいことなんだけどね。」

慌てて付け加えるように言葉を紡ぐ彼女にそう言われてしまえば、そう感じてしまうのだからゲンキンなものだ。そんな自分に苦笑がこぼれた。

「……そうだな。いつも美味しい料理とラブをありがとな。」

トレーを持つ白い指先にそっと体温を落とせば、彼女の白い肌が瞬時に耳まで真っ赤に染め上げられる。京也さん、と抗議の声をあげそうになる彼女にしっと人差し指を立てれば真っ赤な顔でこちらを睨んできた。そんな真っ赤な顔で言われてもな。小さく独り言ちたことばが口から出ることはなく、真っ赤に染まった頬の向こうで、マスターが苦笑気味に肩を竦めていた。

【遙江】小さな海に恋をして

 

なんだかんだで本編は見たことないんだけどなあと思いながらも。(笑)

ひよこ、すべりこみ誕生日おめでとう。ハッピー誕生日!

2016.02.12.

 

 

ひたりと目の前の身体から水滴がひとつ、おちた。

大会直後、用事があるからとロッカールームに連れてこられたのはわずか数分前。なぜ自分がいま壁際に追い詰められているのだとか、目の前にある鍛えぬかれた大胸筋は今日も変わらず素敵だとか、頭に色んな疑問や感想が浮かんでは消える。その一部が現実逃避だということは十分に理解している、一応。

それでも目の前にある大胸筋は見慣れているとはいえ普段では考えられないような至近距離、薄暗いロッカールームにはふたりきり、それも相手は気づいたら目で追うようになっていた人だなんて、とにわかには信じられない話。ラッキーハプニングってやつだね、ときゅるんとでも効果音がつきそうな笑顔で頭の中に現れた同級生には見ないフリをする。顔の真横につかれているだろうがっしりした腕の現実逃避ぐらい許してほしい、普段だったらしっかりと愛でたいところだけれども。

遠くに聞こえる廊下の外の喧騒からは信じられないほどに静かなロッカールームに小さく響くのは遙と江の呼吸と遙の身体を滑り落ちるプールの名残りだけ。それは頭を少しだけ冷静にさせると同時に鼓動を高めるには十分すぎるほどの要因といっていいだろう。

「…江。」

「……なん、ですか。」

突然呼ばれた自分の名前と共にじとりとした視線を投げられていることを江はわかっていたけれど、どうしたってその瞳に視線をあわせることはできない。その青い海のような瞳が現時点で自分をこの至近距離で捉えているという事実を考えるだけで目眩がしそうなのだから。

自分の上に影ができたと認識したと同時にそっと近寄ってきた気配を感じて思わずいやいやと首を横に振ってしまう。素晴らしい筋肉を拝むのは生き甲斐だけれど、心の準備というやつをさせてほしい。というより先輩のは遠目に見ているだけで十分なのだ、心臓が保たない。

「……好きだ。」

密やかにそれでいて唐突に小さく紡がれたことばに思わずばっと顔を上げてしまう。今信じられないような言葉を耳で拾ったような気がした。自分の心の中を読まれたような二文字が。

顔をあげれば想像の何倍も近くにあった深海のような瞳に思わず小さく声を漏らしてしまいそうになりながらも、その真剣な瞳からは目を離すことができない。目の前の瞳がぱちりぱちりとゆっくり瞬きを繰り返す。

「お前が好きだ。」

聞き間違えかと思えばゆっくりと、ある程度感情を読み取れるようになったとはいえ普段のその無表情からは考えられないほどに綻んだ笑顔で言うんだから思わずピタリと身体の動きが、自分の心臓の音さえも全て止まってしまったような感覚に陥った。

ああずるい。素直にその言葉が頭に浮かんでぶわりと自分の顔に熱が集まるのがわかる。

「……江。」

答えて、と言わんばかりに静かに名前を呼ばれるから口を開かざるを得ない。どうかお願いだから、いますぐ黙って欲しいと思うのはきっと理不尽な我儘ではない。

すっと逸らした視線の先にある上腕二頭筋にはまだ乾き切らない水の跡がある。一瞬だけ大会の後だという現実に引き戻されるけれど、一度喉から零れてしまったことばが止まることはない。

「…わ、わたし、も……すき、です。」

口から出てくる言葉はどれも覚えたての言葉のようにたどたどしい。それでもちゃんと伝われば良い、この自分の抱えていた小さな想いが少しでも届けば良い。見惚れてしまうような美しいフォームだとか、その綺麗に鍛え上げられた筋肉だとか、どこまでも飲み込まれてしまいそうな深い青の瞳だとか、静かに名前を呼ぶ声だとか、その全てが自分の鼓動を聞くきっかけになっているのだということを遙は知らないだろう。

「江。」

言ってしまったと自分の言葉を言い切る前にぎゅうと筋肉に包まれた。抱きしめられてる、と理解するには数秒。ひゅうと小さく喉奥が音を立てる。

苦しいです、と声を上げる前に耳元で囁くように笑うからびくりと肩が跳ねた。

「好きだ、江。」

何度も噛みしめるように、幸せそうに笑いながら肩口で言葉が紡がれる。その言葉に返すわたしの声にならない小さなことばは聞こえているのだろうか。

 

その瞳に宿るちいさな海を見つけた日から大好きなんです、私も。

#リプもらったCPで短編を書く

文字書きリハビリ用に作ったタグなので、ジャンルごった煮です。

もらい次第また更新していきます。

リクエストあればお気軽に→ #リプもらったCPで短編を書く

2016.01.29.

 

 

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【三金】紫燻る夜の夢



彼が姿を消してから数週間経った。自分の生きている時間にしてみればほんの一瞬のような時間、けれどもそれは今までの人生を生きているのと同じぐらいの時間を感じるのだから不思議なものだと思う。彼は何を思っていたのか、いまだに理解しきれないところはあるけれど、彼が自分の隣にいたのはたしかなのだ。机の上、ずっと置かれてもう定位置のようになってしまった煙草の箱はこの自分たちのいる世界にはないものである。なにを思ってこれだけ残していったのかはわからないことだけれど。

彼について知っていることはたくさんあっても、彼の口から聞いた話は数えるほどなのだ。彼の言葉を聞くよりも、確実に彼がくゆらせる紫煙を見たほうが多いだろう。

「……金蝉?」

物思いに耽っている間に、こっそりといつの間にか近くに来ていたらしい、小柄な体躯が扉から顔を出した。その顔に浮かぶのは、自分に対する心配、だろうか。

「どうした、」

はぁと思わず漏れたため息に、目の前の少年ーーと呼んでいいのかはわからないがーー、悟空がびくりと肩を揺らした。別に彼を咎めるつもりなんぞなかったのだが。

「なんだ、なにか用事か?」

「……なんでもない。お菓子、食べる?」

「…いや、今は仕事中だからな。やめておく。」

「そんなこと気にするなんて。」

「あ゛?」

「…いつもの、金蝉だ。」

そういえば叔母である観世音菩薩も、彼女は何も言わないが、悟空と同じような瞳をたまに自分に寄越しているのはなんとなしに気づいていた。いつも通りの世界、美しき世界は今日も今日とてなにも変わりはしないのだ。その世界には不安因子を体現しているような、不器用にでもどこか優しい、自分と鏡を向かい合わせているような彼はいない。

「……こん、「世界は、希望に溢れているの。……心配するな、お菓子を食べてくるのだろう。さっさと行け。」

ぐらりと傾きかけた心を察したのか、呼ばれかけた名前を遮るように言葉を紡ぐ。にっこりと上げた口角は上手くいっていたらしい、うん、と元気よく笑って走り去った悟空にそっと安堵の息が漏れた。けれど、その背中を見送った自分がどんな顔をしていたのかは、知る由もない。否、知りたくもない。

「全く、どこほっつき歩いてるんだあの馬鹿。」

何に対してなのか自分でもわからなくなるような、苦笑が漏れる。ガタリと椅子に体を投げ出して、事実から逃げるように抱えた山のような書類から逃れるように外界から遮断すれば、瞼の裏に闇夜に揺らめく紫煙が映ったような気がした。

「…………どうしようもない。」

零れた独り言に返ってくる言葉は、ない。


*


金蝉童子は、内緒話をするように声を潜めて最後の嘘をつきました。

それは歩き出すための嘘でした。

「世界は希望に溢れている」、と。

…どうしようもないな。

2016.03.29.

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【レン春】微熱の微睡み



優しい思い出の中に居たような気がした。

どこか懐かしく感じるのは、体調を崩すこと自体久しぶりだったからなのかもしれない。遠い記憶の中で見た夢は心地よく、それでいてほのかに甘い。そしてなにより、さようならを告げられた夕闇のような切なさも孕んでいるのか、といつもより熱い頭の隅で思った。そんなこと気づいたところで、体調がよくなる訳もないのだけれど。


ひんやりとした感触に重い瞼を持ち上げれば、そこにはいつも見ている彼女の姿があるった。

「...起こしちゃいましたか?」

そっと首を横に振れば、ほっと安心したように彼女は再び自分の額を拭っていた手を動かし始めた。手を伸ばし、彼女の肩口で切り揃えられた毛先に触れれば、その瞳がふっと曇ったような気がした。

「...ごめんね、ハニー。」

「別に大丈夫、です。」

口からついてでた謝罪の言葉には、ふいっと顔を背けられてしまった。彼女も仕事が立て込んでいる時期だ、ただでさえ忙しい時期なのに不安にさせてしまったのだろう。きっと彼女のことだから仕事をちゃんと全うしながらも、気にしてくれていたのだろうから。

「不安にさせてごめん、春歌。」

「...無理っ、しすぎ、です。」

今度こそ逃がさないように、瞳いっぱいに溜まった水の膜をそっと指先で拭った。

「ちゃんと、休まなきゃ。」

一筋、しずくを落としただけで彼女の瞳は強く光をもつのだから思わず苦笑いを零しそうになってしまった。

立場が逆転したように今度はゆるゆると一定のリズムで頭を撫でられる感覚に、再び瞼がゆっくりさがってくるのを感じる。身体が重い。


夢の中で聞こえた遠い声とまぶたに落ちたやわらかな感触は微睡みの中におちて、溶けていった。

おやすみなさい、また明日。


2016.03.18.

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【ししさに】僕らはまだ知らない



ぱさりぱさり、と部屋は審神者がめくる書類の音だけが響いている。

「...あるじー。」

普段別に仕事をサボっている訳ではないはずなのに、何故か仕事を自分で請け負ったり作ったりといつもなにかしら仕事に追われている主は"どえむ"というやつなのだろうか。つい数日前に乱に教えてもらった主が生きている時代の言葉を獅子王は思い出した。

「なあに、獅子王。」

獅子王の言葉に返事は返って来るも、その視線は依然として目の前にある書類の山とにらめっこだ。面白くない、とっても面白くない。必要最低限の仕事はとっくに終わっていることはわかっている、そこまでは獅子王も手伝ったのだから。

「もう仕事なんて辞めようぜー。それ主がやる分じゃないだろ、おやつだって光忠も言ってたし。」

「...んー、獅子王行ってきていいよ。」

「主も行こうぜ〜。」

「...これ終わったら行く〜。」

「あるじ、」

何度獅子王が声をかけても彼女は視線をちらともあげず、手を止めないまま返ってくるのは生返事ばかり。バンッと思わず書類にほとんどが埋められている文机、彼女はまさにいま作業しているところを叩く。こちらを見ればいいのに。

「...ん?」

勢いに任せて叩いたものの、その衝撃に数枚舞い上がったのを目の端で確認して少しだけ冷静になった。それと想像以上に、近い。

きょとんと顔を上げた彼女のぱちりとひとつまばたきを落とした睫毛が、くるんと上を向いているのが見えるぐらいには。案外長いんだなとか女の子なんだよなとか、頭の片隅に浮かぶのは言い訳のような冷静な自分の思考。

「...ししお、」

「おやつ!早く来ねえとなくなるぞ!」

ひらひらと飛んだ書類が再び文机に舞い戻ってもたっぷり三秒固まったままの獅子王を不思議に思った審神者が声をかければ、彼は勢いよく立ち上がった。その拍子にのけぞり返ってしまった彼女へ律儀に手を伸ばし座らせてから、どすどすと足音を立てて獅子王は彼女の部屋を早足に去っていった。それも、

「......顔真っ赤。」

思わずそう呟いた自分の顔も真っ赤なことを、彼女はまだ知らない。



2016.03.03.

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【鳴あん】君は知らない

 

 

鳴上嵐は男である。
いや見た目も性別も当たり前のように男なのだけれど彼の話し方や仕草、雰囲気は周りの女友達のそれである。事実彼は「お姉ちゃん」と自分のことを呼ばせ、 持ち物は一見女子のものにしか見間違うことのないファンシーな手鏡など、美に対する熱意は誰よりも強くそれだけ考えると寧ろ彼が男だとは考えにくい。
けれど今目の前のステージでスポットライトを浴びてパフォーマンスを見せるのはまさに"男"である。
「……ずるい。」
ぼそりと口から零れたのはきっと胸の奥底に潜む本音だ。
どうしたって、普段の柔らかでいて面倒くさがりな態度から一変した艶やかな表情も、華麗にターンを決めるしなやかでいてガッチリとした男の人の脚も、「お姉ちゃん」が男なのだと意識するには十分すぎるほど。
「ひぃ……。」
ふいとこちら側、ステージの袖の方を向いた彼の普段は垣間見ることすらないようぐらい真剣な瞳がぱちりとこちらを映して、それを認識した瞬間にっと口角が 少しだけ上がった、ような気がした。本当にそうだったのかを確認する前に見えなくなってしまったけれど。心臓に悪いとはこのことだ。
「あー、ナルくん今日は本気モードなのね。今日は出番なしかねえ。」
突然聞こえた声にびくりと肩を揺らせば、自分のすぐ後ろにいた泉先輩に呆れたように視線を投げかけられた。気配消されたら気づける訳ないんですけど。
「ナルくんが本気モードだなんて、どうせ誰かさんの為だろうけどねえ。」
「…誰かさん?」
「しーらない。俺もそこまでお人好しじゃないから。」
肩を竦めた泉先輩がくるりと向きを変えて戻って行くのをぽけっと見ていれば、後ろで歓声があがった。本当に泉先輩の出番はなかったらしい。


「あーんずちゃん!お姉ちゃん頑張っちゃったわよ!」
ステージから降りて仕舞えばいつも通り、にこにこと笑う彼は「お姉ちゃん」なのだ。ああ、ほんとうにずるい。きっと私の中でびゅうびゅうと音を立てて荒れ狂う風と雨には気づかないのだろう。
「お疲れさま、かっこよかったよ。」
「いやん、あんずちゃんたら嬉しいこと言ってくれるわね。でもお姉ちゃんとしては綺麗だった、の方が嬉しかったかも。」
「ううん、かっこよかった。…すごく。」
「あら、ありがと。」
うふふと頬に手を当てる女性のような仕草も彼にはぴったりハマっている。けれどもう「お姉ちゃん」の線はとっくに飛び越えてしまったのだ、気づいたらいつの間にか。口々にメンバーから声をかけられる姿も、笑いかけてくれる姿も、ステージの上で輝く姿も全部全部。
「寂しい、ね。」
小さく呟いた言葉はその広い背中には届かない。
大好きだよ。その言葉はまだ、私の胸の中にいる。


*

貴方はあんずで『寂しい、と呟いて』をお題にして140文字SSを書いてください。
https://shindanmaker.com/587150

 

初あんスタ。鳴上嵐の可能性について。

2016.01.29.

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【翔藍】君はあの子で、

 

 

ショウが呼んでいる。
ただそれだけだった。計算だとか経験だとかそんなことでははかれないものだった。
自分にとって計算が全てで、それでいて自分が経験したものを積み上げていくのが当たり前のことというのに。それでもショウが呼んでいる、そう感じたのだから仕方がない。ひとが言う"予感"というやつなのだろうか。
「美風藍」という形をもってからだいぶ経つというのにいまだに知らないことを知ることがある、ひとはそんなに簡単なものではないらしい。

「...ショウ。」
「おわ、っと。藍?どうした?」
ガチャりと開いた扉の先、見慣れた廊下を走れば目当ての人間はこちらをみて驚いたようにベランダで立ち尽くしていた。思わず実体を伴っているかが心配になり抱きついてしまう。腕の中にはいつもと変わらない小柄でそれでいてがっちりと鍛え上げられたショウの体がある。
「と、藍。くるし...。」
「あ...ごめん。」
「突然どうしたんだよ、連絡もなしに藍が来るなんて珍しい。」
「ショウが、ショウがボクを呼んだから。」
「へ?俺から連絡はなにも入れてないぞ?藍も明日は仕事だろ?」
「...。」
ぎゅうと腕に力を込めればぽんぽんとあやすように背中へ回ってきた腕が一定のリズムを刻む。そこでやっと体の力が抜けたような気がして、自分が知らず知らずのうちに体を強ばらせていたのだと気づいた。
「ここに、ここにショウがいるならば...それでいい。」
「ふは、今日はなんだか甘えたがりなんだな。お兄さんはいつでも大歓迎だけどな!」
「...なにそれ、レイジみたいでうざい。」
「うわそれ地味に傷つくぞ。」
腕を解けばちゃんと目の前にはショウがいる。空のように美しく自分を映すその瞳も光に透けてきらきらと光る髪も、ちゃんと存在している。
「この時間だし泊まってくだろ。」
ふわりと優しい微笑みも夢じゃない。

"幸せになってくれだなんて、言いたくなかった。俺のわがままだったけど、最後まで一緒にいたかったんだぜ。"
あの泣きそうな顔で笑っていショウは、どこかで笑えているのだろうか。そうであったら良いのにと、カップの縁で溶けていくココアに問いかけてみても答えは返ってこない。

*

翔藍へのお題は『幸せになって、なんて嘘だよ』です。
https://shindanmaker.com/392860

 

「あいによせて」の翔くんだったりするかもしれない。

2016.01.27.

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最遊記】露となり、露に消え

 

 

「...三蔵?どうかしましたか?」
「んあ、いや。」
「これは、ツユクサですか。」
たまたま、本当にたまたま見つけただけの道端の花。別に珍しくもなんともない青く小さな花。いつもであればそんなわざわざ道端のものに目を留めるだなんてことはことは妖怪が隠れてでもいない限りないのだけれどどうしてか目に留まったのだ。
ツユクサって綺麗ですけど触ると自分の指も汚れるので悪戯なんかでよく遊んでました。懐かしいですね。」
「あー、そういやそうだったな。」
手を伸ばしてもその花にふれてしまえばその柔らかそうな形は原型を留めることなくあっさりと崩れ、指先に青い染みを残すのだ。毎日の掃除の時だったか、師 であった光明三蔵のサボりながらも軽く指先で弄んでいたのはたしかこの真っ青な花ではなかっただろうか。幼き日がふと思い浮かぶ。
『ほら江流。こんなに小さく儚きものでも生きた証を残すのですねえ。』
へらりと頭の中で笑う師の表情からは、大きくなった今でもその考えを読みとることはできない。ふわりと風に漂い青い空へ消えていく白い煙ばかり鮮明に覚えている。あとは自分の前で倒れたあの白い背中だけ、だろうか。
今の自分があの頃の師に出会えるのならば、なにか変わることはあったのだろうか。なにか自分にできることはあったのだろうか。
「そんなこと、考えても仕方ねえけどな。」
「三蔵?」
「いや、さっさといくぞ。バカ猿はまだ帰ってきてねえのか。」
過去に戻れたら、だなんてらしくもない。今は今だ、過去で変えられるものも変えるものもなにもない。

「露草、ね。」
「観世音菩薩がわざわざ地上の花を愛でるとは、珍しいことですな。」
「まあ、な。それがすべて思い出となるのならば、それで良い。」
青き花は今日も咲く。

*

江流さんに捧げる花はツユクサです。漢字は露草。惚れ惚れするような美しい青色が人気。花言葉は「懐かしい思い出」「ノスタルジー」など。昔を想起する花です。思い出が沢山あり貴方にぴったりですね!※諸説あり
https://shindanmaker.com/591741

 

最遊記。三蔵さんと金蝉さんが好きです。

2016.01.27.

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【トキ春】いつか見た夢を

 

 

夢を見た、懐かしくて少しだけ胸の奥が痛むような夢を。
「……トキヤくん。」
思わず呼んでしまったのはもう呼ばない、呼べない名前。かつてはずっと一緒にいた彼の名前。
こちらを向いて笑っている写真は、アイドルとしてきらきらとステージの上で輝いていた写真は毎日見る。けれど夢に見たのは今はもうぼんやりとしか思い出せないような隣を歩く姿だった、ような気がする。
「どうして、今更。」
夢で良いからと何度思ったことか。アイドルとしてステージの上できらきらと輝いている絶頂期だったはずの彼が突然いなくなってからもうだいぶ経ち、彼がい ない日を数えることをやめたのはいつだっただろう。けれど、どれだけ経ったとしても思い出せば胸が痛むのはあの頃となにも変わらない。
ぼうっと布団の上で自分にはわからない彼なりの原因だとかを考えてみるけど、今もなにもわからないのだ。彼が自分と同じように人を頼ることが得意でないの はわかってたつもりだったけど、こうも目の前に事実として突き付けられるとなかなか辛いものがあるのだなあと客観的に思えるようになったのは最近のこと。
ピピピと目覚ましが再び鳴り、時計はそろそろ起きなければ遅刻する時刻を示している。
「今日は、」
午前中は事務所で打ち合わせ、そのあと夕方まではたしか時間があったはず。まだまだ気持ちがすっきりと晴れることはないだろうけれど、久しぶりに彼との思 い出をめぐってみても良いかもしれない。元気ですか、と隣にはいない彼に、返ってくることのない問いかけをこっそりと笑ってするぐらいはできそうだ。窓か ら差し込むのは柔らかい朝の日差しで、ここ最近ずっと崩れることのないまま今日も今日とて晴天だ。
「…いってきます。」
小さく声に出して、にっと口角をあげれば今日が始まる。
彼に会えるように、心の奥底に潜む願いのような、何かの前触れのような夢を見た。



*

七海春歌は夢を見る。そこは二度と戻れないあの場所。傍には会いたくないあの人がいて、楽しそうに笑っている。七海春歌は起きたらきっとどうして、と呟くのだろう。そんな、ゆめをみるひと。
#ゆめをみるひと
https://shindanmaker.com/562707

 

いつか笑って会えますように。

2016.01.26.

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【遙江】余韻が消えぬまま

 

 

ぱしゃっと勢いよく水飛沫があがる。まだ夏の余韻を残した陽射しが差す中、素晴らしく鍛え上げられた腕が脚が水を掻く。タイムを取り、事務的に読み上げな がらもその息をのむほど綺麗なフォームはほとんど毎日見ているというのに何度見ても飽きない。たまにふと遙先輩は人間なのだろうか、と疑問を持ってしまう ほど。
「…江ちゃ〜ん。」
「は、はい!」
「タオル、取ってくれたら嬉しいなあ、とか。」
「わ、すみません!」
ふとぽけっと遙先輩の泳ぎを見ていたらしい。びしょ濡れのままタオルを求める真琴先輩の言葉に気づかず、思わず苦笑いを零された。
「ほんとに、江ちゃんはハルのことよく見てるよね。……たしかにハルのフォームは綺麗だし見惚れる気持ちはわかるけどね。」
真琴先輩の最後の方の言葉は頭を右から左へ流れていった、と同時に自分の顔に熱が集まるのがわかる。無意識に見惚れていただなんて、しかもそれを真琴先輩 に指摘されるだなんて恥ずかしすぎる。急激にあがった体温はこの陽射しのせいではない、いっそ陽射しのせいにしてしまえたらどんなに良いか。
「まさか、そんな。」
ばしゃりとプールからあがった遙先輩の深海のような瞳とぱちりと視線が交じる。
「…江、タオル。」
「はひぃ!」
思わず呼ばれた名前に声が上ずってしまった。クスクスと背後で真琴先輩が笑う気配がする。思わずキッと視線を投げかければ肩を竦めるようにしたけれど、ま だその口角が遙先輩の見えない角度でニヤニヤとしているのがわかる。全部お見通しだったというのか。自分ですらたったいま気づいたばかりのこの淡い塊を見 透かされていたのは気恥ずかしいうえになんだか癪なので、まだ、まだ言わないでおこう。
「どうした、江。風邪か?」
ぐいっと覗き込まれた瞳に映る自分の顔がさらに朱に染まっていくのがわかり、既に白旗を上げそうだ。
夏の余韻はまだ消えない。


*

松岡江が恋だと気付いたのは目で追いかけたのを自覚したとき です。
https://shindanmaker.com/558753

 

Free!たまにリクエストで書くけど実は本編見たこと無かったり。

2016.01.26.

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【つきやち】指先に触れるは、

 

 

「や、」
ひっくと小さくしゃくりあげるような声が聞こえて、谷地さん、と言いかけた言葉は口から出てこなかった。
部活が終わったあと、いつもならぱたぱたとあちこちに走りながら選手を労わり片付けている小さな体が見当たらないことに気づき、皆に一声かけてから月島が小さなマネージャーを探しに体育館を出たのはわずか数分前。
と言ってもどこにいるかなんてわからないまま、とりあえず体育館周りから探すか、と浮かんだ考えは当たっていたらしい。でもまさか泣いているとは予想外だったのだけれど。
膝を抱える頭は陽の光を浴びてきらきらと光り、ぴょこりと星がついているのは間違えようがない。はあ、と無意識に自分の口から漏れたため息には見ないフリをしてその横の段差に腰掛けた。
「ひぇ……つ、つきしまくん。」
驚いたように顔を上げたその金色に光る瞳は想像通り、今にも溢れそうな透明の水の膜で覆われている。
「……どうしたの。」
「いや、べ、つに。」
「あのねえ、」
はあと再びこぼれたため息にびくりと目の前の肩が揺れる。別に怖がらせようだなんて思っていないのだけれども。
「突然いなくなったらびっくりするから。」
「ご、ごめんなさい…。」
気づいた時にはぽろりと目の前の大きな瞳から零れ落ちた、きらきらとひかるものを指で拾い上げていた。金色の瞳から零れ落ちたそれはまるで星のカケラのようだ、なんて柄にもないことが頭に浮かぶ。
「…つきしま、くん。」
びっくりした、と言わんばかりにぱちぱちと目を瞬かせる谷地さんに自分が何をしたのかを理解する。思わず普段の谷地さんではないが逃げ出したくなるような恥ずかしさに襲われた。穴があったら入りたいだなんて、よく言う。
「谷地さんがどこでなにをしてようが個人の勝手だけど。一応マネージャーなんだから、ちゃんと最後まで仕事して。」
「あ、ご、ごめんなさい!みなさんになんて謝れば良いか…!土下座して埋まりますうううこの世にいてすいませんんん!!」
口から出てきた言葉が本心じゃないことは自分が1番分かっている、けれど目の前で言葉を本心だと捉えた谷地さんはさっと顔色を青くさせほんとうに地面にのめり込んでしまうのではないかと言わんばかりに頭を下げている。
「…はぁ、嘘だよ。ほら、行くよ。」
ぐいっと持ち上げ立たせようと掴んだ腕は想像の何倍も細くい。それは少しでも力を入れればあっさりと折れてしまいそうなぐらいに。ああそうだ、谷地さんは女の子だった。
言葉にすればどういうことだと谷地さんに怒られてしまいそうなことだけれど、今更ながらに実感した。
「…なんで。」
「月島くん?」
何か言ったかとこちらを見上げる瞳から逃れるように首を横に振り、前を向く。きらきらと光る星のカケラを拭った指が今更熱い。
自分の気持ちに気づいてしまった時には、もう遅い。

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月島蛍が恋だと気付いたのは反射的に涙を拭いてしまったとき です。
https://shindanmaker.com/558753

 

初めて書きました、つきやち。

2016.01.26.

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【翔レン】シアワセは知っている

お酒を飲むSクラの話。

注意⚠トキ春前提、お酒は二十歳になってから。

初めて翔レン書いたけど、ひーちゃんお誕生日おめでとう!

2015.09.17.

 

 

「すみません、遅れてしまって。」

「あ〜〜イッチーいらっしゃい〜。」

「おう、お疲れ!…わりぃな。トキヤ来るまで待とうぜ、っていったんだけど聞かなくてさ。」

仕事が押してトキヤがいつものバーの扉を開いたのは、予定の時刻より30分ほど経った時間だった。学生の頃から変わらないいつものメンバーだが、だからこそ三人で飲むことを、いつも口には出さないものの、三人とも楽しみにしているのはわかっている。だからこそ申し訳ない、とトキヤは小雨で少しだけ濡れた肩を入り口で払っていつも通りの席へ向かった。

「もうおチビったら、途中から止めてくれなかったじゃないか〜〜イッチーほら、何飲む?」

「はあ、全く相変わらず自由ですね。私はジントニックを。」

誰が見つけたか個室のようになっている静かなバーは居心地がよく、三人の行きつけのようになっていた。そんな席にはすでに出来上がりかけているレンとそれを宥める翔の姿、いつも通りだ。ほろ酔いで今にも歌いだすのではないかというほどの笑みを絶やさないレンの姿に、トキヤは翔と苦笑いを零した。

「ほら、レン。トキヤのもきたところで仕切り直し。」

「はいはーい。」

「遅れてすみません。」

「もういいって、ほらお疲れ様、

「「「乾杯!」」」

チンと軽く音を立ててグラスがぶつかり、カラフルな色がそれぞれの喉に消えていく。

「…翔は、アルコールじゃないんですね。」

「お、おう。まぁそこまで俺も強いわけじゃないしなあ。」

「なんだ、もうおチビはギブアップかい?まだまだ子供だねえ。」

レンが翔へ酔った勢いで絡んでくるのに対してはは、と軽く苦笑いのように翔は笑った。別に翔が特別弱いわけではなく、むしろレンとどちらが弱いかと言われれば僅差でレンの方が弱いだろう。それでも、いつも三人で飲む時は余程のことがない限り翔は一杯、二杯でアルコールを飲むことを止める。その理由をトキヤは知っている。

言ったところで目の前に座るふたりの何かが変わるわけではないことも知っているのでなにも言わないままだけれど。思わずトキヤも翔に釣られたように苦笑いを零しながらグラスの中を空にした。

 

気づけばトキヤの目の前のオレンジ色の髪はくったりと力を失ったように机に突っ伏していた。久しぶりに飲んだからだろうか、いつの間にかレンは落ちていたらしい。これで三人の中では一番年上だというのだから、と呆れたようにトキヤはひとつため息をついた。それを見て翔もレンの方を見遣った。

「今日はつぶれんの早かったな。ったく、送る身にもなれよレン。……で、最近どうなんだよ、トキヤ。」

「…どう、とは?」

「いや、その、最近七海にも会わねえからさ。」

「ああ、春歌ですか。変わらず元気にしてますよ。まぁ最近は安定して仕事も入ってくるようになったらしいのですが、そのおかげで不規則な生活習慣なのが心配なところですけどね。まあそろそろ一緒に住もうかとは思ってます。」

そういえば自分の中では考えてはいたもののまだ春歌に言っていなかったか、とトキヤが思い出しながら話していると、ブッ、と向かいでオレンジジュースを口にした翔が盛大に吹き出した。

「なんです、翔。汚いですよ。」

「…あー、いや、その。まさかトキヤから惚気を聞くとは思わなかった、というか。まぁ。」

「思わなかったもなにも、聞いたのは翔からでしょう?」

トキヤが微かに眉をひそめればまぁそうなんだけどさ、と左手で翔は机の上を拭きながら困ったように笑った。

「そういう翔も、あなたたちも。変わらないようでなによりです。」

ゲホッゲホ、と一呼吸おいてから再び口をつけたオレンジ色の液体を今度は吹き出さないものの喉に詰まったらしい翔が苦しそうに咳をした。

「……おまえ、気づいて…。」

「気づかないとでも思ってましたか?分かりやすすぎますよ、あなたたち。」

気づかれていないと思っていたならどれだけ私を鈍感だと思っていたのか、と少しだけ翔とレンに文句を言いたくなる。全て最初からトキヤは知っていた。

「…その、黙ってて悪かった。」

「別に仲間外れだとかそういうことは思ってませんけどね。……でも、まぁ、幸せなら良いです。大事な友人ですから。」

「ありがと、な。」

照れくさそうに、それでもにっといつもと変わらず笑った翔にトキヤは安堵した。

ふたりの関係に別に悪態をつきたかったわけでも、嫌だとトキヤが思っていたわけではない、わかりやすいふたりのこともわかっていた。ただ、学生時代からずっと一緒にいると思っていた仲間が大切なことを言ってくれないことが、それだけが、少しだけ寂しかった。それを除けば、ふたりが幸せに笑っていてくれればトキヤは十分なのだから。

 

いまだってテーブルの下で翔が優しく握り返している手が誰のものかだって。

きっとさっきまで降っていた小雨が止んでいるだろうことも。

トキヤは知っている。

【音友】今だけは

トキヤ誕に書いた鈴蘭の話と同じ世界線。

⚠音友と言いながらハッピーエンドではないです。たぶん。

2015.08.13.

 

 

 

「ありがとう、音やんのおかげだよ!」
ぶんぶんと音がするぐらいに手を握って振り、にっこりと眩しいぐらいに笑う友千香に、よかったね、と言った自分はちゃんと笑えていたのだろうか、いつものように。それしか言いようがなかったのだ。
ぼんやりと音也はほんの数時間前のことを思い出した。少しだけ頬を上気させて、好きな相手にちょっとだけ勇気を出せたのは音也のおかげだといつもよりも興 奮したように話す友千香を可愛いと思ってしまうのは惚れた弱みなのだろう。今となっては心にぽっかりと穴が開いたように、少しだけ虚しい。
「…あーあ。俺の方が付き合い長いんだけどなー。」
ばたりと芝生の上に身体を横たえれば木の隙間から燦々と降り注ぐ太陽の光が音也の瞳を刺すように注いでくる。
瞳がうっすらと水の膜で覆われているのは、きっとその光のせいだ。


わかってはいたのだ。
学生時代から一番近くで過ごしてきたトキヤはポーカーフェイスと言われてはいるものの、音也にとってみればなんだかんだわかりやすい。
そんな気なんてさらさらないといった顔をしているようで、事務所で音也と友千香が話していれば背後から視線を感じることは少なくなかった。そんなに話した ければ話せば良いのにとも思うが、別に話題がないだとかどうせ余計なことをぐるぐると考えているのだろう、トキヤのことだから。
それでも決してふたりの輪に入れる手助けをしようだなんて思ってなんかやらないけれど。
音也にとってみればなんだかんだトキヤも友千香も大事な友人であることは変わりないのだけれど、いつから少しだけ胸が痛むようになったのだろうか。最初は 友千香からドラマの共演でトキヤにはとてもお世話になったし、たまたま誕生日が近いからプレゼントは何がいいだろうかと相談を受けたことが音也の中で認識 しているはじまりのひとつだった。その時はただ純粋にトキヤがハマっていたトレーニングに邪魔にならない程度の小物を贈ればいいんじゃないかと真面目に考 えてアドバイスをしたのを覚えている。
ありがとう、音やん!と、気になっている相手から満面の笑顔で感謝されることはくすぐったくって、思わず音也はトキヤのことなら一番知ってるからいつでも 聞いてねと宣言したのだ。それが今となっては自分の首を絞めているだなんてあの時は微塵も想像できなかった。友千香のトキヤを見る視線がいつの間にか親愛 だけではなくなっていることに気づいた時だって、焦りはしさえすれど所詮自分の方が付き合いも信頼も違うと高を括っていた自分を少しだけ恨めしく思う。
それだけ自分も友千香を見ていたのだ、気づいてくれているかもとか淡い想いだって抱いていなかったと言えば嘘になる。
わかってはいたのだ、わかってはいた。自分で自分に言い聞かせるけれど、ぎゅうぎゅうと心臓が痛いことには変わらない。
「好き、だったんだよなー。」
ぽろりと零れた言葉はずっとずっと胸の奥に隠していた本音。言葉にすれば余計に実感が湧いてくるようで息が少しだけ苦しい。眩しさから瞼にあてていた腕の下からぽろりとあふれた一粒に、堰が切れたようにぼろぼろと止めどなく溢れていく。

「…あー、あ。」
幸せに、だなんて今は思えない。いっそのこと別れて俺のことを見てくれればいいのに、だって思ってしまう。
でもきっとあのふたりなら大丈夫なんだろう、そう思ってしまうから。ふたりとも大切な人であることには変わりないのだから。きっと、ちょっとだけ悔しいのだ。
見上げれば霞んだ視界が光を受けてキラキラと輝いている。
「不幸せになったら、ゆるさない、ぜったい。」
だから、今だけは少しだけこのままで。

 

【トキ友】鈴蘭を、君に。

私のうたプリにおちたきっかけである君の誕生日はいつもソワソワします。

他のジャンルを知っても変わらず大きな存在です。笑顔と愛をありがとう。

いつだってきらきらをくれる君が大好きです。お誕生日おめでとう。

2015.08.06.

 

 

 

「夏といえば、ですか。」

はい、と几帳面そうにメモを取る目の前のインタビュアーから投げられた問いは、今回の企画の内容から予想していたものとはいえトキヤははたと言葉に詰まった。

徐々に晴れ間が見えることもあるとはいえ、まだ梅雨が明けきらない空が雨を降らす日も続いている。連日湿気をたっぷり含んだ熱気にどんよりと視界を灰色に染める空。そんな毎日にうんざりしているトキヤもおかしくはなく、いつもなら特に思うことのない""を少しだけ恋しく感じても別段変わったことではないのだろう。日課であるジョギングにもそろそろ支障をきたしそうになっているのだ。

「…そうですね、そろそろ外でトレーニングがしたいので早く夏になってほしいかもしれません。」

ほう、ときょとんと目の前でメモを取る手を止め、一ノ瀬さんは夏生まれでしたよね、とぐるりと眼鏡の奥の瞳と目が合う。ああそちらか、とトキヤは頭からすっかり抜け落ちていた、というよりも気にもとめていなかった自分の誕生日を思い出した。

「そうですね。8月の頭なので…夏ですね。」

トキヤの目の前でくるりと目の前で回されるペンに、記事になりそうなエピソードを要求されているだろうことを認識して思わず苦笑が漏れそうになる。

「毎年、事務所の皆とファンの方にお祝いしていただいて、本当にありがたいことです。」

夏になる度に仲間のSTRISHはもちろん、先輩であるQUARTETNIGHTの面々をはじめとした事務所の皆からお祝いの声をかけてもらい、ファンからも溢れるほどのお祝いの言葉をもらう。HAYATOの時とはまた違う、"一ノ瀬トキヤ"への祝福は純粋にありがたく嬉しいと思う。

事務所の皆を思い出すとふと、ゆるく巻かれた赤髪が頭をよぎった。ドラマで共演した次の年からか、お祝い、と言ってトキヤの体調管理に役立つものからトレーニングに使えるようなものまで。さりげない気配りに感心したのは一度ではない。決して学生時代から交流がなかったわけではない、けれどとても親しかったわけでもない。親しい、と言うのであれば作曲家であり彼女の理解者でもある七海春歌を除けば、学生時代に同じクラスであり誰とでも仲良くなることができる音也だろう。事務所でも二人が談笑している場面にはよく出くわす。仲が良さそうに並んでいるのはいつもつの赤で、決してそれは自分ではないのだ。

 

*

 

「お疲れ様でした〜一ノ瀬くん、またよろしくネ

「…お疲れ様でした。」

くねくねと体を揺らしながらバチンとウィンクを飛ばしてきたカメラマンに思わず笑顔が引き攣りそうになるのを必死で抑え、トキヤはスタジオを出た。雑誌の特集を組んでもらえるということで珍しく一人の仕事がよりによってあの人だとは、と一気に疲れが襲ってくる。腕がたしかとはいえ、あのおちゃらけたようなテンションをトキヤは得意としなかった。

「…音也と寿さんを足して二で割ったようなものですね。」

いつでも馬鹿みたいに笑顔な学生時代からのルームメイトと昭和のテンションで絡んでくる直属の先輩という思い出すだけで頭痛がするような二人に似ているのだ。通りで、と納得したと同時に思わずトキヤはため息をついた。よりによって"今日"の仕事が彼と一緒だとは。

 

「一ノ瀬さん…

ぱたぱた軽く走る足音共に聞こえてきたのは聞き覚えのある声、振り向けばさらりとゆるく巻かれた赤い髪がトキヤの目の前で揺れた。突然のことに反応しきれず一瞬体が固まる。

「…渋谷さん。どうしました

「えっと…これ、そのこのあともう仕事ないって聞いたから

「……これは、これは。綺麗ですね。わざわざありがとうございます。」

「…お誕生日おめでとうございます

隣のスタジオで仕事をしていたのか、いつもよりも少しだけ濃く施されたメイクは彼女をより一層華やかに引き立てる。思わずぼんやりとそんなことを思っていれば、捲し立てられるように言い切り、トキヤの目の前に差し出されたのは、白い小さなブーケと紙袋。ブーケの中では小さな白がふるりと揺れている。

「これは、スズラン

「そうです白いスズランです。」

「……っ、ありがとう、ございます。…ふふ、七海さんがあなたを"男前"って言ってたのがわかる気がします。」

「あはは…よく言われる、かも。」

ふとトキヤは彼女の親友、自分も良く知る作曲家である友人が、友ちゃんはかっこよくて気配り上手な男前だけどとても可愛い私の自慢のお友達ですと瞳をキラキラさせていたことを思い出した。"可愛い"だなんて、きっと目の前にいる彼女は言われ慣れていないのだろうけれど。少しだけ赤く耳を染める彼女のことを"男前"で済ませてしまったら、男として見る目はない。

「…まぁ、私はそうは思いませんけどね。」

「え

「いえ、なんでもありません。ありがとうございます。」

「あ、はい。じゃあ私はこれで素敵な1日を。生まれてきてくれて、ありがとうってね。」

ぱっと顔を上げにっこりと笑ったかと思えば、さらさらと髪を揺らしながらぱたぱたと駆けていく後ろ姿。頬が微かに朱に染まっていたのはきっとトキヤの見間違いではないだろう。ズルいものだとトキヤの口元には苦笑が浮かぶ。ああだって、こんなにもあなたは"可愛い"。スタジオを出た時とは裏腹に、友千香と言葉を交わしたトキヤの心は軽い。

 

「あら、ファンからの告白ですか

「…告白

「あら、だってそれスズランですよねスズランって、」

軽く会釈をした受付から飛んできた声になんのことかと尋ねればにっこり笑って返ってきたことば。聞き間違えかと思うような内容、一瞬理解ができなかった言葉が脳に辿り着いたかと思えばぶわりと自分の顔に熱が集まるのがわかる。多少なりとも期待してもいいのだろうか、赤く染まった顔に震える手とふとした時に見せる笑顔、極め付けがこれだ。むしろ期待しないでくれという方がおかしい。

「……やってくれましたね。」

もう手加減なんてしない。密かにトキヤが心の中で決意したことは、誰も知る由はない。きょとんと目の前で固まったトキヤを訝しげに見やる受付も、さらさらと赤い髪を揺らす彼女も。

自動ドアが開けば、 カラリと冷房の風で心地よく涼しかった室内とは真逆。ぶわと熱風に包まれて、あっという間にじっとりと汗が張り付く感覚に襲われる。目をあげれば入道雲と青い空、散々見ていたはずなのにやっと実感する。無意識のうちにトキヤの頬が緩んでいるのを知る者はいない。

 

「…ああ、夏ですね。」





白い紙袋の中に入った小さな手紙を見つけたトキヤが頭を抱えるまで、あと少し。




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鈴蘭の花言葉は「愛の告白」