ほしぞら1/2

ぽつぽつ書いている二次創作小説たち。ジャンルごった煮。Twitter@bbb_kzs

【翔藍】きみがいるから

無意識に救われてるんだよね、って話。

ねしさんお誕生日おめでとう!

2016.06.20.

 

「すみませんでした次は絶対にOKだしますので

「……次の人いきます。来栖くん、頭冷やしてきて。今日はもういいわ。」

勢い良く頭を下げた自分の足元に落ちた影が薄くなったことに、来栖翔は思わず唇を噛み締めた。新しいシーンを、と腰を上げた頃にはもう既に新しい打ち合わせが始まっている。失礼します、とスタジオにもう一度一礼し、心配そうな視線を寄越す馴染みのスタッフにもひとつ会釈を落とした。

自分が引き起こしたほんの些細なミス。監督の言っていることを理解しようと噛み砕こうと話を重ねれば重ねるほど予定の時間は押していくばかり。諦めたようにストップの声をかけられたのがほんの数分前。学生時代とは違いひとりで受ける仕事も増えた。この世界が甘くないことは重々承知していたけれど、いざ自分が置いていかれる側になるとなかなかに堪えるものはある。

「……まだまだ俺も甘いのか。」

STRISHとしての活動も増えているが、メンバー皆それぞれが個人としての活動も着実に増やしている。特に学生時代クラスメイトであった一ノ瀬トキヤと神宮寺レンのメディア露出の多さは目に見えて増えた。元々芸能界での生活は長いトキヤだが、一ノ瀬トキヤとしてその歌唱力が認められドラマとのタイアップと共に俳優業をこなすようになったという。人当たりの良く話の上手いレンはモデルの仕事の他にもラジオやイベント出演などの仕事もしていると聞く。比べるものではないし、それが彼らが積み重ねてきた努力の結果だということは理解しているつもりでも、ついつい自分自身が小さく感じてしまう。

元々自分は器用な質でもなく、そう上手くいくものでもないのか、と思わず翔は自嘲を浮かべた。無意識に握りしめていた拳が痛い。


*


「……ただいま。」

薄暗い部屋に独り言のように呟いたことばは宙に消えていくな、と思っていた。今日も今日とてなにも変わらない、少しばかりタイミングの悪かった一日だ。

「ああ、おかえりショウ。」

「…………あ、藍

「なにその幽霊でも見たみたいな顔。…ほら、おかえり。」

「え、あ、おう。……ただいま。」

消えかかったことばに返事が返ってくるだなんて、想定外の出来事に玄関でぽかんと口を開けば、呆れたようにさらに言葉を重ねられる。慌てて携帯端末を起動させれば、明日がオフだからと短く来訪を告げるメッセージが入っていた。スタジオを出てからぼんやりと帰る最中、全く気づかなかったらしい。それでも、さも当たり前かのように合鍵を使って家にいる藍に思わず翔はほっと胸を撫で下ろした。鍵を渡した当初は持っているものの、家主はショウだと頑なに翔が帰るのを扉の前で待つことも少なくなかった。変なところ律儀だな、と今となっては笑い話のような話だ。

「……ああ、気づいてなかった。わりぃな。」

「別に今日ショウが遅いことは1週間前から聞いていたことだから。むしろボクの予定では、ショウの帰宅はあと2時間15分後だったけどね。」

「あー、俺もその予定だったんだけどな。」

「……ん、お疲れ様。」

思わず苦笑を浮かべた翔に大方帰宅が早まった理由を理解したのだろう、年下とはいえ先輩である。藍はひとつ肩を竦めただけだった。その仕草が翔と藍と同じ事務所、藍に至っては同じグループでもある寿嶺二にそっくりだといえばきっと藍は眦を釣り上げるだろうか。翔はそっと心の中で思うだけに留める。思わず頬が緩んでしまったのだけは許してほしい。

「シチュー作ったけど。予定の通りに作ってるから、出来上がりまでまだあと30分はかかるよ。」

「…おお、ありがとな。手伝う。」

「………とりあえずお風呂はいってきて。そんな状態で手元狂わされても困るから。」

はあ、とわざとらしく落とされた溜息に、何か変なことでも言っただろうかと翔は動きを止めた。それでもその顰められた眉に宿るのは心配、だと自惚れても良いだろうか。むすりと不機嫌そうに引き結ばれた口元も、微かにゆるんだ目元も。素直になれない彼なりの愛情。

「……あーい。」

「なに。」

「んーいや、ありがとな。……一緒に入るか

一瞬の間の後、バッカじゃないのと鋭い言葉と共に藍はくるりと向きを変え部屋の中へと戻っていく。それでも翔にとっては、その赤く染まったその首筋がなによりも愛おしい。

今日は久しぶりに湯船に入ってゆっくりするのも、良いかもしれない。明日はきっと、大丈夫だ。