ほしぞら1/2

ぽつぽつ書いている二次創作小説たち。ジャンルごった煮。Twitter@bbb_kzs

【遙江】小さな海に恋をして

 

なんだかんだで本編は見たことないんだけどなあと思いながらも。(笑)

ひよこ、すべりこみ誕生日おめでとう。ハッピー誕生日!

2016.02.12.

 

 

ひたりと目の前の身体から水滴がひとつ、おちた。

大会直後、用事があるからとロッカールームに連れてこられたのはわずか数分前。なぜ自分がいま壁際に追い詰められているのだとか、目の前にある鍛えぬかれた大胸筋は今日も変わらず素敵だとか、頭に色んな疑問や感想が浮かんでは消える。その一部が現実逃避だということは十分に理解している、一応。

それでも目の前にある大胸筋は見慣れているとはいえ普段では考えられないような至近距離、薄暗いロッカールームにはふたりきり、それも相手は気づいたら目で追うようになっていた人だなんて、とにわかには信じられない話。ラッキーハプニングってやつだね、ときゅるんとでも効果音がつきそうな笑顔で頭の中に現れた同級生には見ないフリをする。顔の真横につかれているだろうがっしりした腕の現実逃避ぐらい許してほしい、普段だったらしっかりと愛でたいところだけれども。

遠くに聞こえる廊下の外の喧騒からは信じられないほどに静かなロッカールームに小さく響くのは遙と江の呼吸と遙の身体を滑り落ちるプールの名残りだけ。それは頭を少しだけ冷静にさせると同時に鼓動を高めるには十分すぎるほどの要因といっていいだろう。

「…江。」

「……なん、ですか。」

突然呼ばれた自分の名前と共にじとりとした視線を投げられていることを江はわかっていたけれど、どうしたってその瞳に視線をあわせることはできない。その青い海のような瞳が現時点で自分をこの至近距離で捉えているという事実を考えるだけで目眩がしそうなのだから。

自分の上に影ができたと認識したと同時にそっと近寄ってきた気配を感じて思わずいやいやと首を横に振ってしまう。素晴らしい筋肉を拝むのは生き甲斐だけれど、心の準備というやつをさせてほしい。というより先輩のは遠目に見ているだけで十分なのだ、心臓が保たない。

「……好きだ。」

密やかにそれでいて唐突に小さく紡がれたことばに思わずばっと顔を上げてしまう。今信じられないような言葉を耳で拾ったような気がした。自分の心の中を読まれたような二文字が。

顔をあげれば想像の何倍も近くにあった深海のような瞳に思わず小さく声を漏らしてしまいそうになりながらも、その真剣な瞳からは目を離すことができない。目の前の瞳がぱちりぱちりとゆっくり瞬きを繰り返す。

「お前が好きだ。」

聞き間違えかと思えばゆっくりと、ある程度感情を読み取れるようになったとはいえ普段のその無表情からは考えられないほどに綻んだ笑顔で言うんだから思わずピタリと身体の動きが、自分の心臓の音さえも全て止まってしまったような感覚に陥った。

ああずるい。素直にその言葉が頭に浮かんでぶわりと自分の顔に熱が集まるのがわかる。

「……江。」

答えて、と言わんばかりに静かに名前を呼ばれるから口を開かざるを得ない。どうかお願いだから、いますぐ黙って欲しいと思うのはきっと理不尽な我儘ではない。

すっと逸らした視線の先にある上腕二頭筋にはまだ乾き切らない水の跡がある。一瞬だけ大会の後だという現実に引き戻されるけれど、一度喉から零れてしまったことばが止まることはない。

「…わ、わたし、も……すき、です。」

口から出てくる言葉はどれも覚えたての言葉のようにたどたどしい。それでもちゃんと伝われば良い、この自分の抱えていた小さな想いが少しでも届けば良い。見惚れてしまうような美しいフォームだとか、その綺麗に鍛え上げられた筋肉だとか、どこまでも飲み込まれてしまいそうな深い青の瞳だとか、静かに名前を呼ぶ声だとか、その全てが自分の鼓動を聞くきっかけになっているのだということを遙は知らないだろう。

「江。」

言ってしまったと自分の言葉を言い切る前にぎゅうと筋肉に包まれた。抱きしめられてる、と理解するには数秒。ひゅうと小さく喉奥が音を立てる。

苦しいです、と声を上げる前に耳元で囁くように笑うからびくりと肩が跳ねた。

「好きだ、江。」

何度も噛みしめるように、幸せそうに笑いながら肩口で言葉が紡がれる。その言葉に返すわたしの声にならない小さなことばは聞こえているのだろうか。

 

その瞳に宿るちいさな海を見つけた日から大好きなんです、私も。