【トキ友】鈴蘭を、君に。
私のうたプリにおちたきっかけである君の誕生日はいつもソワソワします。
他のジャンルを知っても変わらず大きな存在です。笑顔と愛をありがとう。
いつだってきらきらをくれる君が大好きです。お誕生日おめでとう。
2015.08.06.
「夏といえば、ですか。」
はい、と几帳面そうにメモを取る目の前のインタビュアーから投げられた問いは、今回の企画の内容から予想していたものとはいえトキヤははたと言葉に詰まった。
徐々に晴れ間が見えることもあるとはいえ、まだ梅雨が明けきらない空が雨を降らす日も続いている。連日湿気をたっぷり含んだ熱気にどんよりと視界を灰色に染める空。そんな毎日にうんざりしているトキヤもおかしくはなく、いつもなら特に思うことのない"夏"を少しだけ恋しく感じても別段変わったことではないのだろう。日課であるジョギングにもそろそろ支障をきたしそうになっているのだ。
「…そうですね、そろそろ外でトレーニングがしたいので早く夏になってほしいかもしれません。」
ほう、ときょとんと目の前でメモを取る手を止め、一ノ瀬さんは夏生まれでしたよね、とぐるりと眼鏡の奥の瞳と目が合う。ああそちらか、とトキヤは頭からすっかり抜け落ちていた、というよりも気にもとめていなかった自分の誕生日を思い出した。
「そうですね。8月の頭なので…夏ですね。」
トキヤの目の前でくるりと目の前で回されるペンに、記事になりそうなエピソードを要求されているだろうことを認識して思わず苦笑が漏れそうになる。
「毎年、事務所の皆とファンの方にお祝いしていただいて、本当にありがたいことです。」
夏になる度に仲間のST☆RISHはもちろん、先輩であるQUARTET★NIGHTの面々をはじめとした事務所の皆からお祝いの声をかけてもらい、ファンからも溢れるほどのお祝いの言葉をもらう。HAYATOの時とはまた違う、"一ノ瀬トキヤ"への祝福は純粋にありがたく嬉しいと思う。
事務所の皆を思い出すとふと、ゆるく巻かれた赤髪が頭をよぎった。ドラマで共演した次の年からか、お祝い、と言ってトキヤの体調管理に役立つものからトレーニングに使えるようなものまで。さりげない気配りに感心したのは一度ではない。決して学生時代から交流がなかったわけではない、けれどとても親しかったわけでもない。親しい、と言うのであれば作曲家であり彼女の理解者でもある七海春歌を除けば、学生時代に同じクラスであり誰とでも仲良くなることができる音也だろう。事務所でも二人が談笑している場面にはよく出くわす。仲が良さそうに並んでいるのはいつも2つの赤で、決してそれは自分ではないのだ。
*
「お疲れ様でした〜!一ノ瀬くん、またよろしくネ!」
「…お疲れ様でした。」
くねくねと体を揺らしながらバチンとウィンクを飛ばしてきたカメラマンに思わず笑顔が引き攣りそうになるのを必死で抑え、トキヤはスタジオを出た。雑誌の特集を組んでもらえるということで珍しく一人の仕事がよりによってあの人だとは、と一気に疲れが襲ってくる。腕がたしかとはいえ、あのおちゃらけたようなテンションをトキヤは得意としなかった。
「…音也と寿さんを足して二で割ったようなものですね。」
いつでも馬鹿みたいに笑顔な学生時代からのルームメイトと昭和のテンションで絡んでくる直属の先輩という思い出すだけで頭痛がするような二人に似ているのだ。通りで、と納得したと同時に思わずトキヤはため息をついた。よりによって"今日"の仕事が彼と一緒だとは。
「一ノ瀬さん…!」
ぱたぱた軽く走る足音共に聞こえてきたのは聞き覚えのある声、振り向けばさらりとゆるく巻かれた赤い髪がトキヤの目の前で揺れた。突然のことに反応しきれず一瞬体が固まる。
「…渋谷さん。どうしました?」
「えっと…これ、そのこのあともう仕事ないって聞いたから!」
「……これは、これは。綺麗ですね。わざわざありがとうございます。」
「…お誕生日おめでとうございます!」
隣のスタジオで仕事をしていたのか、いつもよりも少しだけ濃く施されたメイクは彼女をより一層華やかに引き立てる。思わずぼんやりとそんなことを思っていれば、捲し立てられるように言い切り、トキヤの目の前に差し出されたのは、白い小さなブーケと紙袋。ブーケの中では小さな白がふるりと揺れている。
「これは、スズラン?」
「そうです!白いスズランです。」
「……っ、ありがとう、ございます。…ふふ、七海さんがあなたを"男前"って言ってたのがわかる気がします。」
「あはは…よく言われる、かも。」
ふとトキヤは彼女の親友、自分も良く知る作曲家である友人が、友ちゃんはかっこよくて気配り上手な男前だけどとても可愛い私の自慢のお友達です!と瞳をキラキラさせていたことを思い出した。"可愛い"だなんて、きっと目の前にいる彼女は言われ慣れていないのだろうけれど。少しだけ赤く耳を染める彼女のことを"男前"で済ませてしまったら、男として見る目はない。
「…まぁ、私はそうは思いませんけどね。」
「え?」
「いえ、なんでもありません。ありがとうございます。」
「あ、はい。じゃあ私はこれで!素敵な1日を。生まれてきてくれて、ありがとう!ってね。」
ぱっと顔を上げにっこりと笑ったかと思えば、さらさらと髪を揺らしながらぱたぱたと駆けていく後ろ姿。頬が微かに朱に染まっていたのはきっとトキヤの見間違いではないだろう。ズルいものだとトキヤの口元には苦笑が浮かぶ。ああだって、こんなにもあなたは"可愛い"。スタジオを出た時とは裏腹に、友千香と言葉を交わしたトキヤの心は軽い。
「あら、ファンからの告白ですか?」
「…告白?」
「あら、だってそれスズランですよね?スズランって、」
軽く会釈をした受付から飛んできた声になんのことかと尋ねればにっこり笑って返ってきたことば。聞き間違えかと思うような内容、一瞬理解ができなかった言葉が脳に辿り着いたかと思えばぶわりと自分の顔に熱が集まるのがわかる。多少なりとも期待してもいいのだろうか、赤く染まった顔に震える手とふとした時に見せる笑顔、極め付けがこれだ。むしろ期待しないでくれという方がおかしい。
「……やってくれましたね。」
もう手加減なんてしない。密かにトキヤが心の中で決意したことは、誰も知る由はない。きょとんと目の前で固まったトキヤを訝しげに見やる受付も、さらさらと赤い髪を揺らす彼女も。
自動ドアが開けば、 カラリと冷房の風で心地よく涼しかった室内とは真逆。ぶわと熱風に包まれて、あっという間にじっとりと汗が張り付く感覚に襲われる。目をあげれば入道雲と青い空、散々見ていたはずなのにやっと実感する。無意識のうちにトキヤの頬が緩んでいるのを知る者はいない。
「…ああ、夏ですね。」
白い紙袋の中に入った小さな手紙を見つけたトキヤが頭を抱えるまで、あと少し。
*
鈴蘭の花言葉は「愛の告白」