ほしぞら1/2

ぽつぽつ書いている二次創作小説たち。ジャンルごった煮。Twitter@bbb_kzs

【あかやち】また会いましょう、その日まで

谷地ちゃん、Happy Birthday!!

 

2014.09.04.

 

 

 

あ、笑ってる。

体育館の向こう側。コートをひとつ挟んだところでトスがあがった。長身ながらしなやかに動く黒髪を視界に捉える。少しだけ遠い、表情が見分けられるかどうかの距離。ほんの微かに孤を描いたように見える口元につられて思わず頬がゆるんだ。
あれは悔しそうな顔。木兎さんとのコンビネーションがうまくいかなかったみたい。
あれは呆れてる顔。拗ねるエースをおだてるのも楽じゃないって言ってたっけ。
あれは少しだけ、悲しそうな顔。あれは喜んでる顔。あれは誇らしげな顔。
あれは・・・照れてる、顔。

ふっと浮かんだその言葉に、ボンと顔が熱くなった。
「仁花ちゃん・・・?大丈夫?」
「ふぇあ!!?あ!だ、大丈夫でッシュ!!!」
「・・・そう?顔赤いしちゃんと水分とって体調気をつけてね?」
「ふぁい!!!!清水先輩もちゃんと休んでくださいッス!!」
「ふふ、ありがとう。」
今 日もお綺麗で・・・と美しく微笑んだ清水先輩に和みながらも、心配させてしまったことに少しだけ胸が痛む。マネージャーとしてまだまだ新米の私は先輩の何 倍も頑張って支えなきゃいけないはずなのに。お手を煩わせてしまった・・・。北国育ちというのもあるだろうが、元々夏というより暑いのはそんなに得意では ないのだ。けれど、この熱はきっと少しだけ違う。あつい、のはたしかだけど。

いつからだろう。あの広い背中を視界に捉えるようになったのは。
どうしてだろう。ほんの僅かにしか変わらないその表情を理解しようと思ったのは。
考えれば考えるほど身体に熱が集まって、ぼんやりとなにも考えられず意識が朦朧としてくる。
こ のままだと本当に清水先輩に心配された通りに倒れそうだと、ちょうど烏野の試合が終わったところでほとんど空になっていたみんなのドリンクホルダーを良い 口実とばかりにカゴいっぱいに抱えて体育館を出た。ちらりと出口で視線をやれば、偶然か否か、ばちりと鋭い視線と目があったような気がして慌てて階段を降 りた。うっかり足元の小石に足を取られてドリンクホルダーをばらまきそうになったのはきっとやっぱり、この夏の暑さのせいだ。

 

*


宮城から数百キロ南下して、関東での合同合宿。マネージャーとしての初の大仕事。誰よりも頑張らなければいけない、と意気込んで来たのに体育館に入ると自分よりも頭いくつ分も大きな選手たちを前に、初日から自分の居場所を見失いそうだった。
「なになに、烏野のチビマネちゃん名前なんて言うの!!可愛いね!!」
お まけにどこを気に入られたか、やたらと他校の人から話しかけられる。毎回毎回勢い良く迫られてなにもできずにただ立ち竦むだけしかできない。こんな相手様 が話しかけてくれてるのにしっかりと受け答えもできず、大して面白いことも言えない私って烏野の面目を潰してる!?合宿追放!?関東、いや日本から追 放…!?!?言葉も通じない海外にひとり置き去り・・・帰りたくても帰れないようにされる・・・!
「っ、せ!せめて日本には!!お許しをおお!!」
「え?日本?」
「……木兎さん。彼女困ってますよ。」
「な!?赤葦ぃ!!!」
すっと前に影が出来たと思えば、目の前が真っ白に覆われる。見上げた先にはゆるやかにクセがかかった黒髪。勢い良く話しかけてきていた"木兎さん"の視界から遮るように、目の前に立っている長身。”助けてもらったのだ”と気づくまでに数秒。
「なんだよ、赤葦。邪魔するなよ〜」
「初っ端から他校のマネージャー、しかも怯えてる相手になに迫ってるんですか。もうちょっと自分の身長やらなにやら自覚してください。」
「俺はただ単に烏野のチビマネちゃんと仲良くなろうと「監督が木兎さん呼んでましたよ。」
「お、監督が?…わかったよ。」
二言三言交わされた後、視界に色が戻りだしたと思えば目の前にいたはずの”木兎さん”はいなくなっていて、
「大丈夫?」
代わりにさっきまで見上げていたはずのくせのある黒髪が目線の高さにいた。つっと鋭い切れ長の瞳と同じ高さで視線が合う。その瞳に鋭くもその中でどこか優しそうな光を感じて少しだけ安堵してため息がもれた。

「あ、あ、あのっ!!ありがとございやした!!!!」
「いや・・・うちの、エースがすいません。」
「や、助けていただいて!!恩人様!!!こんな小娘ごときに!!」
「はは、なにそれ。ってあーそっか、名前…梟谷2年の赤葦京治です。」
「はっ!!助けていただいたのに、私名乗りもせずに!!!土下座でどうかお許しを!!!」
「土下座はいいから。」
「土下座じゃ足りないッスか!!土に埋まってお詫びをおおお!」
「あーいや、名前、教えてもらってもいい?」
「すいませんすいません!!・・・な、名前!ややや谷地仁花、と申します!」
「谷地、さん。合宿頑張ろう」
「は、はい!!」


赤葦京治、さん。
今更ながらに屈んでくれたのは背の高さによる威圧感を感じさせないようにしてくれていたのか。同じ目線の高さでまっすぐ見えた切れ長の瞳がゆるりとゆるむのに合わせたかのように顔に熱が集まった。
「赤葦ぃ〜〜!」
「あ、あの!呼ばれてますよ…私めのことはお気になさらず!!!」
「…あー、うん。」
遠 くで名前を呼ばれた赤葦さんは一瞬眉間にシワを寄せたかと思いきや、すっと立ち上がってじゃあね、と一言残して去って行った。去り際にぽんと頭に温かいも のを感じた気がしたのは夢か幻か。ふわふわとする頭のままアップを始めるという烏野のコートまで急いで足を動かした。初めてなことばかりな合宿だけれど、 少しでも私にも出来る仕事はきっとあるのだから。言い聞かせるようにして残った熱を振り払った。

*

「ちゃんとマネージャーも汗拭かないと風邪ひくよ。」
「ドリンク持つよ、重いでしょ。」
「ちゃんと食べてる?倒れないように気をつけてね。」
谷 地さん、谷地さん、と合宿中ことあるごとにいつもひょっこりと現れる存在に、最初は毎回腰を抜かして自分よりも何十センチも高くぱっと見鋭い眼光に立ち竦 むことしかできなかったけれど、赤葦さんに名前を呼ばれることに、ついどこから現れるのかと予想してしまうほどになったのは3日目だっただろうか。気をつ かってくれていたのか、私なんかとでも話が続くようにと話題を作ってゆっくりと答えを待ってくれる。それはほとんど初対面の相手であるはずなのに、心地よ く感じた。
どうしたのだと清水先輩、日向をはじめとした烏野のみんなから問われたのには答えようがない、だって私もわからないのだから。さすがに 月島くんから赤葦さんとなにかあったのかと聞かれた時には、私なんかが他校の正セッター様と言葉を交わして申し訳ありませんでした!!命だけはお助けくだ さい!!と叫びかけたのだけれど。(直ぐにお願いだからやめてくれと月島くんに押さえられた。)
私だっ てわからないのだ、いやむしろ教えていただ きたい。何故私が全国に名を連ねる都会の梟谷のメンバーに、ましてや相手はそんなチームの正セッターだ。最初に絡まれた時と常に変わらないハイテンション な”木兎さん”は梟谷のエースで、試合になった途端に変わる雰囲気に初めて見た時は圧倒された。けれどその木兎さんにトスをあげたり、よく見ていれば絶妙 にタイミングを変えたりと冷静にゲームメイクをしているのはセッターの赤葦さんだった。そんな方に声をかけてもらえるだなんて恐れ多いと思いながらも、彼 の技術は素人目から見てもただただすごいと言うのがよくわかってつい目で追ってしまう。
スッとまっすぐにあがったトスが吸い込まれるように高く高く跳んだ木兎さんの手のひらに収まったかと思えばネットを挟んだコートに勢い良く叩きつけられる。息のあった連携はすごい、ただその一言だった。
「面白いだろっ!ばれーぼーる!」
隣 から聞こえた日向の声にはっと横を見れば、口から脳内が漏れていたらしい。にこにこといつもと変わらない屈託のない笑顔を見せる日向の横には、一瞬の技も 見逃さないとでも言わんばかりにコートを見つめる、というより睨みつけているような勢いの影山くん。反対側にはきらきらとすごいよね!と楽しそうに笑う山 口くんと、いつものように関係ないデショと飄々と立っていながらもコートから目を離さない月島くんがいた。
「うん、すごい。」
コートから 目が離せないまま小さく日向の言葉に返せば、ちらりとコートの中からとんできた鋭い視線に瞳が合ったような気がした。すぐにそらされたけれど、微かにその 口角は上がっているように見えて。そのままぽんと軽く彼の手に触れたボールはネットを越えて相手のコートに落ちた。あれはたしか、
「・・・ツーアタック。」
「あんな綺麗なツーアタック、久しぶりに見た。」
すげえよな!と説明を混ぜながら熱く語ってくれる日向の言葉は耳を通り抜けて、彼の口角が今度こそにやりと音を立てて上がるから。頬が熱いのはきっと、夏の熱気がこもったこの体育館のせいだ。

 

*

長い長 い合宿はマネージャーとしてまだまだな私は自分の仕事をするのに精一杯だったけれど、烏野の人たちはもちろん、他校のマネージャー さんも笑顔で助けてくれたり、選手の人たちも大きくて最初は威圧感しか感じなかった人達も良い人ばかりでなんだかんだと楽しく過ごせたのには皆さんに感謝 してもし足りないぐらいだ。その分、謝罪して回っても足りないぐらいにたくさん迷惑もかけてしまったのだけど。それも全て笑って許してくれた。そんなみな さんに追いつけるように、足手まといにならないように、私は精一杯働かなくてはいけない。村人Bでも戦える、そう言ったのはどの口だったか。
「よしっ!」
ぱ しんと両手で頬を叩いて自分に喝を入れる。宮城に帰って頑張らないと。もっともっと大きくなってまた来年、今よりも成長して戻ってこれるように。そう思え ば疲れきっていたはずの身体が元気になってくるような気がするから不思議だ。あと一回、同じような夏を過ごせるのは来年が最後なのだから。ふと唐突に浮か んだ思いとぱちりと合う切れ長の瞳。あかあし、さん。自分より一つ年上の彼は来年はもう最高学年であり、それは彼の高校最後の夏であることを意味する。再 来年、自分が3年生になった夏に赤葦はいないのだ。2年後だなんて遠い未来のことのはずなのに、あの瞳と背中がない夏がくると考えただけで急に足元がぐら ぐらとおぼつかなくなったような感覚に襲われた。ただの顔見知り程度の関係であるのだから当の赤葦は気にもかけていないだろう、きっとこんなこと。さっき までこれから頑張らなくてはと意気込んでいたところだったというのに、一気に先が見えなくなるような感覚に襲われて気持ちが沈んでいく。
もっと話したい、もっと話してみたい、そう思っているのはきっと自分だけで、ましてや相手は他校でライバルで自分よりも年上なのだ。そんな願い、思うだけでもおこがましいのに。宮城に帰れば、一夏の思い出として忘れられるだろうか。

くすくす。
「あっ!?ああああ赤葦さんっ!?!?」
ふと近くで小さく笑う声がしたと思えば急に人の気配を感じ顔を上げた。そこには今の今まで頭に浮かんでいた赤葦京治張本人がすぐ目の前に立っていた。赤葦さんだと認識するまでに数秒。口からこぼれる奇声と共に思わず後ずさった。
「ふはっ、谷地さ、ん、百面相っ!」
その様子にまたふふふと普段からは想像できないほど、お腹を抱えてくしゃりと顔を崩して笑うから。じりじりと照りつける太陽が、夏のあたたかい風が、強くなったかのように顔に熱が集まった。

ひとしきり笑った後、ずいっと後ずさった分の距離を縮めるように近づいてきた赤葦さんに思わずまた後ずさりそうになる。と、その前に身体の横で直立していた腕を掴まれかなうことはことはなかったけれど。
「はい、これ。」
「うぇ!?!?あ、はい!?!」
掴まれた腕から熱が伝わってしまいそう。頭の中で悶々と悩んでいるうちに手のひらに小さな白い紙を握らされた。
「よかったら、じゃなくて連絡してほしい。じゃあ。」
「え…あ。あか、あしさん!」
「…またね。」
名前を呼べばこちらを向いて、引き結ばれていた薄い唇の端が微かに上がる。そのまま振り返ることなく歩いて行く背中をぼんやりと眺めていた。風にはためく白いジャージの裾が見えなくなるまで。
残ったのは優しい微笑みと丁寧に記された白い紙の上に踊る11桁の数字。急激に熱が集まるこの頬にきっともう、嘘はつけない。
「…また、ね。」
ぐっと握った手のひらの中で白い欠片が小さくかさりと、音を立てた。


小さな勇気と共に11個の数字を押せる時まで、
さようなら。